頭痛の過去を嘆くか、頭痛から解放された現在に感謝するか

A社に勤務している時は毎日のように頭痛があったが、退職してB社勤務になった途端頭痛が全くしなくなったという事例は意外と多いです。

普通に考えて、よほどA社の仕事が嫌だったか人間関係で苦しんでいたのだろうかと思いますよね。

ここで本題に入ります。

「A社にいた時は頭痛があり、B社にいる現在は頭痛がない」というのは無かったことにはできません。

ですが、頭痛の種になったA社を恨むか、頭痛から解放してくれたB社に感謝するかは本人次第です。

マイナス点に着目すると自律神経が乱れる

過去にあった嫌な出来事を良い思い出と懐かしめたり、あれがあったから・・・と思うことが出来たら、その嫌な出来事は乗り越えられているとアドラー心理学で提唱されています。

私も自営業ゆえに変なものを買ってしまうことが多いですが、人生の引き出しが増えているなとポジティブに考えるようにしています(同じようなことがないよう学習はしたいですよ)

ですが、先ほどのA社にいた時に頭痛に悩まされたことを何年もの長期に渡ってマイナスに思っているというタイプの方は一定数います。

なんとなく自ら体調を崩してしまいそうな気がしませんか?

悲しみや怒りの渦中にいる時にこの達観した発想は大変ですが。

プラスな目で見ていると元気になる

逆に、「B社に入ったおかげで頭痛がなくなった、嬉しいな」という思考の強い方は体調を崩す感じがあまりしなくはないでしょうか?

できるできないは別として、美しい考え方だと私は思います。

実例として、スピード違反で反則金を支払うことになった方が「事故じゃなかっただけ感謝しないといけないですよ」と言っていたのを聞いた時は、仏の世界を感じました。

良い点を探すことにしている今の私でもなかなか出来ない考え方です。

出来事には良いも悪いもない

うれしい顔

出来事には良いも悪いもないと言われています。

ある人は得をして、逆に損をしている人もいます。

野菜が安いと消費者は嬉しいが生産者が儲からない、みたいに。

 

だとしたら失礼な態度をしてくる人がいたとしたら腹を立てるのではなく、「自分がこんな態度をとってはいけないな、気を付けなければ」と思ったほうが理屈上良いはずです。

この考え方は、割と早く落とし込めるのでおすすめです。

自律神経専門整体 福耳整骨院